2009.02.20

ダンス舞台公演

Sa3c0073 2月14日、15日は、みやぎダンスのVol6ステージ公演でした。

今年は、ステージクラスの作品「とおく とおくの むこうから」と、カンパニークラスの作品「Kiranの時間」これは即興ダンスへの挑戦でした。写真はゲネプロ(本番直前リハーサル)のものです。

障がいのあるひととない人が、おおよそですが、それぞれ半々での作品でした。

いままでの5回のみやぎダンスの全作品に参加してきて、昨年イギリスで半年の研修生として留学してきた鈴木倫絵が、初めて創る作品「とおく とおくの むこうから」でした。Sa3c0078 Sa3c0090

いままでの、作品がどちらかといえば暗い場面の中に強烈なスポットライトを当てる作品が多かったのでしたが、今回は打って変わって、明るい、アップテンポな作品に仕上がっていました。

カンパニーの作品は、今回は「即興のダンス」を試みました。ソロとジュオとが、交錯する10人のダンスでした。終わる時間は、照明を落としていくことできめるという試みでした。

今回は、ワンドリンク付きという試みもしました。舞台の脇に、丸テーブルを置き、ドリンクを口にしながら楽しめると言うものでした。

また、みやぎダンスと関わりのある、障がいのある人たちの、写真も展示しました。mixiの中のコミュニティ「21トリソミー広報部」(このブログの右肩にロゴマークがあります)が行っている、ダウン症の子のママたちの写真展をもとにしました。展示スペースが、講演会場の中になってしまったので無料の展示会にはできなかったのが、心残りではありました。

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2008.12.19

『風のガーデン』に思う

風のガーデンの最終回を見た。

死の風景が散らばっていた。貞美の生前葬と死そのもの、終末医療に取り組む父、そして死を目前にした演じる緒形拳。すごさを感じた。

この死の背景として。おどろおどろしい色の花、自然界にはありえない様なコントラストで描き出した花の色。怖さを覚える色。

ひとつ気になったのが、岳の描き方だ。なぜ父の死を前にして、隔離してしまったのか、倉本聰という人間に嫌気が差した。二度死ぬところを見せたくないという理由らしい。人間として最も荘厳な場面から追い出してしまった。対峙すべきではないのか。障害者に対する思いやりとでも思っているのだろうか。

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2008.11.13

ダイコンざんまい

ダイコンの詰め放題に行ってきました。

詰め放題といっても、袋を500円で買って、その袋に詰め放題なんです。高原ダイコンといってこの時期恒例なのです。蔵王の麓の高原です、場所は、ダイコンは1袋に大体10本ぐらい入ります。

今回行ったところは、近くにブルーベリー農園があって、その中のお店で、ブルーベリーのジュースを1杯頂けるのです、勿論無料です。おまけに近くに保養所があって、無料温泉付きなんです。風呂上りには豚汁と牛乳まで頂いちゃいました。

11月9日(日)は、大介が来年2月公演のステージクラスの稽古の日でした。10時に稽古場(10BOX:てんぼっくすと呼びます)まで送っていき、そのあと1時間かけてダイコン掘りの場所まで行って掘ってきました。

天気は上々、空気はうまい、風呂に入って、ジュースを飲んで、牛乳と豚汁食べて、おまけにダイコン20本(連れ合いと2人で)つき、帰りがてらに、道端のお店で、きのこ、柿など買い込んできました。

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2008.10.27

ステージクラスの稽古の日

基礎的な体の動かし方を中心にしたメニューのようでした。稽古中ずっと付き添うわけはないので全部見てるわけはありません。一部部だけみているのです。

Sa3c0009

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2008.10.13

識字障害

10月12日、「みちのくYOSAKOIまつり」を見て、植木市にに行きキンカンの木を買ってきた。天気がよくて大介ともども美味しい、楽しい秋の1日でした。夜は、NHKで鶴太郎さんのガイドで「識字障害」の番組を見ていました。

字の読み(書きもあるらしい)が難しい人がいるのである。10人に1人の割合だそうである。日本人の場合は1人/20人らしいが。左脳の一部がうまく働かない。でもそれを補うように右脳が活性化するため、3D空間認識が人以上に優れていて、建築、美術などの分野で優秀な人がいる。

障害と呼んでいるが、実は20万年前には地球では殆どの人がそうであったらしい。字が発明されたが故のことらしい。これも多様性のひとつであろうと思う。ここでも、人の多様性を認め合い、排除するのではなくいろんな人と一緒になる(インクルーシブ)ことを受け入れるべきだということを言っていると思うのである。

最近はサバン症候群の人のことも放送で取り上げていた。いろんな人が障害者と呼ばれて、社会の一部から排除されていることは、長い目で見ると社会にとってはマイナスであることがあるということも示唆していると思う。これらの障害者を受け入れている社会では、彼らの優れた点を見ることができるが、排除している社会ではそれを知ることすらないからだ。

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