文化・芸術

2008.07.12

文化芸術懇談会

文化庁と仙台市が主催する「文化芸術懇談会」が7月11日メディアティークの1Fオープンスクエアで開催された。アトラクションとして、仙台市で活動する団体として「NPOみやぎダンス」の作品が上演された。2006年8月公演での演目「Keep On」のリメイク版で20分に短縮したものである。「文化芸術懇談会」は、日本各地で開催されているもので、文化庁と県あるいは市の一緒に主催で行われているものらしい。文化庁のリンクは次の通り。

URL: http://www.bunka.go.jp/oshirase_event/2008/bunkageijutu_kondankai_sendai.html

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2007.01.04

親バカ丸出し

明けましておめでとうございます。
Daisukez「夢と魔法の国」
今年は、のっけから、親バカやらしてもらいます。大介の絵が、カンレンダーに採用されました。大介が通うNPO法人多夢多夢舎中山工房からきょうされん(旧共同作業所全国連絡会)に応募し入選した絵がカレンダーになりました。マジックインクで色付けしたものです。題名は多夢多夢舎の方がつけて頂いたものです。
彼の大好きなロボット、「千と千尋の神隠し」、「動くハウルの城」、「大曲の全国花火大会」を好きなだけ表現していると思います。大介にとっては夢ではなく、彼にとっての現実を描いていると思っています。それにしても、よい題名をつけて頂きました。多夢多夢舎中山工房に感謝。

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2006.01.21

インクルーシブ

 インクルーシブ(inclusive)とは、辞書によると、(1)取り込んでいる、(2)包含している、(3)施設や組織がすべての人に開放されている、などという意味があるようです。
 みやぎダンスは2005年6月にイギリスのロンドンでダンスパフォーマンスの公演とワークショップに参加してきました。そのとき、メンバー達がみたもの、特に印象的なことば、それはインクルーシブでした。演劇教室やらダンス教室などの案内チラシ、更に公演のチラシなどの多くには「inclusive」と書いてあるのが目に付きました。ここで言っている「inclusive」は、(3)の意味で使われていました。私たちの団体はインクルーシブですということは、健常者だけを対象にしていませんよ、障害者も子供も大人も皆参加できますよ、という意味なのです。いろんな教室の半分くらいがインクルーシブなのです。
 日本では、統合教育というのがあります。普通学級に障害者も入れて一緒に学習するものです。日本では公的制度としてはこれくらいしかインクルーシブと言えるものはありません。(私が知らないだけかもしれませんが)私たちが目指しているものは、まさにこれでした。ロンドンを見るまでは、バリアフリーとかユニバーサルデザインと自分たちを呼んでいました。説明もしてきました。でも、今や、みやぎダンスの活動をインクルーシブと呼ぶのが最もよい表現であると思うようになりました。
 みやぎダンスは、障害者と健常者が一緒になって、声のない演劇をダンスというパフォーマンスを使って舞台で表現します。芸術表現においては、実は、健常者も、障害者も、その芸術性においては全く差はないのです。見ていると、特に障害者には「即興性」という意味では、健常者は及びもつきません。習慣に縛り付けられた健常者にはない表現にはハットさせられことが多いのです。
 ダンスにあっては、健常者と障害者が一緒にパフォーマンスすることで、今までにない新しい芸術性を見せてくれるのです。ダンスに限らないと思います。そういった意味で、インクルーシブは私たちの最も重要な、新しい呼び名になりました。みやぎダンスは、自分たちの活動を日本にもっともっと広げたいと思っています。

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2005.08.30

文化芸術はスポーツ以下か?!

 8月23日の河北新報に宮城県教育委員会が小学校教員を懲戒処分したという記事が小さく載った。教員が芸術文化のため長期に休暇をとった。年次有給休暇では足らず13日ほど欠勤扱いとなった。事前に数ヶ月前から特別休暇を認めて欲しいとお願いしていたが、前例がないとして特別休暇は認められなかった。教員は芸術文化に取り組むことは全く私的な関心事であって、教育とは無関係であり、公務員にあるまじき行為として、処分されたというのである。スポーツ大会に参加する場合、どうどうと特別な配慮をもらって参加できるのに、文化芸術に対しては前例がないから許してもらえなかった。実は、宮城県芸術振興条例というのがあって、「香り高い文化芸術の創造」、「芸術家の育成」、「高齢者・障害者の芸術への参加促進」などとうたわれている。でも現実は、芸術文化活動は、個人的関心事あって公務とは認められなかった。宮城県教育委員会は、芸術文化には全く関心がないようだ。学校の美術・音楽のようなカリキュラムであるもの以外は、個人的関心事として見ているのである。スポーツと比べて申し訳ないが、スポーツはカリキュラムとかわりのない大会参加であっても個人的関心事はなく、公務活動として認められている。将に、宮城県教育委員会は、芸術文化はスポーツ以下と認識しているに違いない。
 多分、スポーツは勝ち負けが万人に分かり易すくはっきりしているが、芸術は誰が見ても決まりきった判断基準がなく個性的であるとおもわれているからだろう。画一的で誰が見てもその良し悪しがわかるものなら、あまりにも芸術から程遠い存在ではないのでないか。おそらく、宮城県の教育委員会の人は、芸術文化の良し悪しを判断する基準を自分の心の中に持ち合わせていないのかもしれない。

 ・教育ってなんだろう?
 ・文化芸術を教えられないのが、本来の教育のすがただろうか?
 ・芸術文化が育たなくしているのは誰なんだろうか?
 ・教える側がスポーツは高貴なもの、芸術はそれ以下と思っていないか?
 ・そんな教育では、将来、子供たちはどうなるのだろうか?

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2005.04.13

仙台市芸術祭

NPO法人みやぎダンス仙台市芸術祭の企画コンペに採択されました。2005年10月1日「アスタリスク 感性の多角形」を公演する予定です。認知されてきたのでしょうか。私らにとっては大変嬉しい限りです。詳細はまだ未定ですが、そのうち徐々にお知らせできると思います。これからロンドンで世界デビューをします。International Festival of Integrated Performanceという大会に参加します。大会は2005年6月13日〜18日の期間です。あのカンドゥーコも参加します。もちろんアミキ(AMICI)の公演もあります。

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2005.03.05

文化活動は、教育ではないのか?

 小、中、高と学校のスポーツ活動は、学業を中断しても奨励されている。にも拘らず、芸術文化活動は許されない。これが現実です。みやぎダンス身体表限の会は、2005年6月にロンドン公演に招聘されました。総勢21人です。半分は障害者です。でも2ヶ月間先行し作品作りのためにロンドンにいく4名がいます。この中に、小学校の先生がいます。文化芸術活動には、前例がないので参加することは認められない。長期休暇で行こうとすると、学校長権限で、旅行日変更を迫ってくるという。スポーツの場合は認められているのに、何故、芸術文化活動はダメなのか。今岐路に立たされています。
 みやぎダンス身体表限の会は、ホームページを見てもらえば詳しくわかりますが、障害のある人とないひとが一緒に舞台芸術作品を作っています。既に2つの作品を発表しました。第1作「真夏に舞うゆき」は仙台、東京で公演、第2作目「こころの影、光のかけら」は、仙台、福岡(国民文化祭=国民体育祭の文化芸術版です)で公演しました。第3作目「アスタリスク」は、3月に仙台公演し、以下は招聘公演です。6月ロンドン公演、8月に大阪公演、10月には仙台市芸術祭参加、2月には山形公演。

以下は、文化庁のホームページのからの引用です。
【国際文化交流・国際貢献】

 文化は,異文化との交流を通じ,相互に刺激し合うことによって発展するものであり,国境を越えた芸術文化活動の展開は我が国の文化を振興するためにも不可欠であると同時に,我が国が文化面で世界に貢献するためにも重要です。


【国民文化祭】
 国民文化祭は,全国各地で国民一般の行っている各種の文化活動を全国的規模で発表し,競演し,交流する場を提供することにより,国民の文化活動への参加の機運を高め,新しい芸術文化の創造を促すことを狙いとした祭典です。
 国民文化祭の事業には,文化庁,開催都道府県,開催市町村及び文化団体等の共催による主催事業と,国民文化祭の趣旨に賛同した地方公共団体等が実施する協賛事業があります。

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