中国

2005.03.17

三峡ダムについて余話(その2)

 ダムサイトの上流50km付近に秭帰(しき)という町がダム工事前にはかつてありました。今は水没していると思います。現在、同じ名前のまちがダムサイトの南側にあります。ダムのおかげで町全体が移転してきました。道路も舗装され立派な町になっていました。人口3、4万人位と聞いています。このようにダムのために130万人が移民(住民移転のことを中国では移民と呼んでいます)となりました。中国では土地の私有制はありません。すべてが国有地です。ですから国民は国から土地を借り受けています。そんな訳で土地の補償問題や立ち退き問題は起きません。でも移転補償はありますよ。日本に比べて行政の立場とすればやり易いわけです。
秭帰(しき)という町は、王紹君のゆかりの地でもあります。ちなみに中国の3大美人は、楊貴妃(四川)、王紹君(湖北)、西施(蘇州)です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.12

三峡ダムについて余話

 三峡ダムは、長江(かつては揚子江と呼ばれていた)中流域にあるダムです。中流域といえど、全長6400Kmもあるわけですから日本とはちょっとスケールが違います。北海道から九州までの距離の2倍くらいあります。流れる水量も莫大です。黄河に比べると水が濁っていません。黄河はスクリュウ船が動けません、それくらいの泥みずです。でも、長江はスクリュウ船が航行できます。重慶という都市がありますが、辛口料理で有名な四川省の中心都市です。ここ重慶は上海から1800km上流です。ここまで3000トン級の船が航行しています。三峡ダムは5000トン級の船を重慶まで通す計画です。
 長江の支川上流に、最近日本人観光客がこぞって行く九寨溝があります。重慶より更に北西方向の奥地で名勝地です。重慶から宣昌まで約600kmあり、この間に三峡があります。三峡とは瞿塘峡、巫峡、西陵峡の3つの景勝地があることからそう呼ばれています。更に長江の支川である大宇河には小三峡と呼ばれる景色のよいところがあります。小三峡は人がロープで引っ張たり、竿でコントロールしながらの船旅です。浅瀬が多くてスクリュウが使えません。急峻な岩肌はカメラ泣かせ(水面から山頂までを1枚の写真に収められません、広角過ぎて)のところです。
そういえば、ここの90度近くに切り立った断崖の途中に岩に穴を空けた「お棺」があるのです。瞿塘峡にもありました「風箱」です。
 三峡ダムは、このような三峡の半分以上の名勝の地を水没させてしまいいます。私は、平成7年に、重慶から宣昌まで3日間の船旅をしました。その時と同じ景色はもうはや見られないのかと思うと残念です。でも見ておいてよかったと思います。三国志ゆかり史跡も沢山あり、山の上のほうに移動させたそうです。三峡ダム付近では、カワイルカとかチョウザメが生息していますので、もちろんキャビアも取れます。しかしこれらは回遊魚です。ダムをせき止めてしまってはどうなるのでしょう?三峡ダムには魚道(魚のとおり道)は作りません。中国のお話では、養殖にするとのことでした。そういえば、宣昌にはチョウザメ研究所というところがあって、平成7年にはキャビアが格安で買えましたが、今回(平成16年10月)はもう販売はしていませんでした。でもチョウザメなど見れます。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.09

中国旅行記 (その9) 天子山(御筆峰)

2004/10/22
gosiho
御筆峯、筆の穂先のような峰々が遠くに見えます。さらに遠くには、同じような針山が連なっているのが見えます。天子山景区は、広大な針の山が遠くまで続く区域で、上からの武陵源を見るところです。黄石寨も上から見る景色ですが、違いは、山の上にもかかわらずバスが通っていることです。天子山景区は、山の上でも平らなところが続いています。ですから移動はバスが基本です。専用バスで、料金所をくぐると、料金不要です。あのICカードの入場券が生きているのです。
 あの「空中田園」もここにあるらしいのですが、見つけられませんでした。山の頂上付近に、田んぼがあるのです。ガスの切れ目などから、ぱっと見えると、とても幻想的と言われています。見たかったなぁほんとに。
 この区域にも、土客族の娘さんたちが同様の服装で写真におさまってくれます。赤を基調にしたこれに原色に近い白、緑、青、オレンジのもようのワンピース風である。頭には金属のゆれる飾りのついた冠をつけていました。ここの娘さんたちは、おおがらで、はにかむようなこともなく堂々としていて、料金もきっぱり要求していました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.05

中国旅行記 (その8) ICカードと指紋認証

EntranceGate ところで、入口ゲートで、珍しいものを見ました。この張家界の観光には、チケット代わりにICカードが使われていました。このカードを持っていると3日間は入れるという代物です。指紋認証も付いているのです。ICカードを機械に通し指のどれかを選んで機械に押し付けます。これでゲートが開くのです。2日目に面白いことが起きました。指紋認証が受け付けてくれないのです。係員といろいろ試しましたが、らちがあきません。登録した指と別の指を押し付けたらOKでした?!?何のための最先端技術なの?ICカードだけでいいものを、何故に指紋認証まで用いたのでしょうか。というチン現象にもめげず旅は続きました。
ICcard
ICcardUra

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.04

中国旅行記 (その7) 天子山(天下第一橋)

2004/10/22
hasi200mエレベータで山の上に上り、バスで移動して、天下第一橋というところに行く。ここは、2本の針山の天辺が鳥居のようにつながっていて、いかにも橋のような形のアーチの姿をになっている。いかにも珍しい景色である。

camera私達には、中国ガイドがつけてくれた専属カメラマンがいた。私どもが頼んだ訳ではない。中国側のガイドが勝手につけたのである。どのようなシステムかというと、丸々2日間武陵源を観光するわたしらに同行し、カメラとビデオで撮影し続けるのである。最後に別れ際に、写真ととビデオを購入してくれというのである。日本でよく見かける観光地ホテルでのカメラマンと似たようなことをしている訳だ。丸2日間の全工程を撮りつづけるという凄いサービスである。
 彼女は、土客族だそうである。一緒に歩きながら、土客族の民謡を聞かしてくれた。日本のホ−ハイ節を思わせるような裏声のところが今でも耳の奥に残っている。ビデオには置けと共に残しているので、きたいときにはまた聞けるたのしみがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.24

中国旅行記 (その6) 天子山(張家界)

2004/10/22
200mElevator 天子山風景区も、上から見る張家界です。連綿と続く針の山が広大に広がっています。例のICカード+指紋認証のゲートをくぐり、バスで、垂直200mエレベータに向かいました。百竜電梯と名づけられているエレベータは、断崖を這う様に垂直に天に伸びています。下100mくらいが岩盤の中にあり、上部が展望できるエレベータです。世界遺産でもあり、国立公園でもあるので、下部の掘削は発破(ダイナマイト)なしで手掘りしたそうです。エレベータ中から、四八将軍岩をという、一見、たくさんの人が、こちらを向いているような形の断崖が見えます。エレベータの前面が強化プラスチックで透明ですので、下の広場でエレベータ待ちの人々が小さく見えて、恐怖すら感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.22

中国旅行記 (その5) 黄石寨(張家界)

2004/10/21
ropeway 張家界の黄石寨は、上から下を望む張家界です。結構早いスピードのロープウエイで5分ほどで頂上に着きます。高低差431m。標高1093m。ゴンドラは、10人乗りくらいの3連ボックスで見た目にきれいです。
Goshiho  すご〜い!景色です、林立する岩石の柱が地の底である400〜500m下から突き上げてくるようです。終着点から多少アップダウンの道を歩きながら、約1時間、奇石を見て歩きます。六奇閣、摘星台、五指峰(写真)などを見て回りました。全てをみると2時間くらいかかるそうです。

raicya とある茶店で一休み。擂茶(らいちゃ)を飲む。いろんな穀物を入れた飲み物です。(コメ、ショウガ、ラッカセイなど)
帰りのロープウエイの近くでリスを見かけました。あんまり、人を怖がっているように見えない様子です。あまりのかわいさに、観光客は写真を撮っていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.17

中国旅行記 (その4) 金鞭渓(張家界)

2004/10/21
kinbenkei 張家界のなかでも、金鞭渓は、谷底から見上げる張家界です。ガイドさんは、中国の奥入瀬渓流と表現していました。渓流を散歩しながら、直立する岩石の柱を上を見上げては、感嘆詞です。延長5〜6Kmの散策コースで、比較的歩き易いので、普通の靴でも歩けます。特別、登山靴とかトレッキングシューズなどまでは不要です。軽く汗をかくくらいですね。歩いていて、とても気持ちいいです。崩落も少ない感じで、恐怖感は覚えません。

saru 人なれた猿が時々顔を見せます。餌を与えるので人をみると近づくてくるのでしょうね。日本のように人に攻撃的なことはみられませんでした。餌はもらうけど、5m以上人には近づいてこないようでした。

kago
 足の悪い人向けに駕篭があります。昔の大井川のように前と後ろの2人で、2本の棒を肩に乗せ、この棒に箱を結わいつけ、この箱に人が座る形です。1時間ちょっとで3人くらいが乗っていました。50〜60歳台のおばさんが多かった。ここ金鞭渓に限らず、張家界全体に、韓国人が多いことには驚かされる。聞くと、今韓国では、張家界の大ブームだそうである。団体で行動する観光客は殆ど韓国人のようだった。日本からの客は、2、3人づれがちらほら程度である。韓国人パワーにそちこちで圧倒された。

tocya 休憩所が途中1箇所あったが、そこにはきれいに着飾った土客(とちゃ)族のお嬢さんがいて、記念撮影に入ってくれる。これは無料サービスでは無く有料なんです。そこで娘さんたちが、恥ずかしそうに、はにかむんです。それがとても印象的でした。天子山にいた娘さんとは対照的でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.14

中国旅行記 (その3) 張家界市のレストラン

2004/10/20
 19時に張家界駅に降り、レストランで約2時間、このあたりの食事は、四川料理に近く、全体に辛い、辛くないものを見つけるのが大変である。チンゲンサイと思うのだが、青い葉っぱの炒め物は、辛くは無かった。チャーハンも大丈夫。それ以外は殆ど程度の差こそあれ辛い。武陵という名の白酒(パイチュウ)が出てきた。美味しいらしく、同行の人たちは追加注文を出していた。あいにく、私は下戸でよくわからない。そもそも白酒は、中国では乾杯に飲まれるお酒で、グイゥ!と飲み干すものである。色つきの紹興酒や老酒は乾杯には使わない。白酒は、匂いや味に癖のあるお酒らしく、嫌いな人は受け付けないようだ。
そのあと、張家界市からバスで揺られること約1時間(35Km)、北に向かうと武陵源・張家界につきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.13

中国旅行記 (その2) 宣昌から張家界へ

2004/10/20
 長江に接した町、宣昌(イーチャン)は、三峡の山岳地帯から一気に平野に抜け出したところにあります。宣昌から列車に乗り込み約6時間南西方向に走ると張家界(ヂャンジアヂェ)市の張家界駅に到着します。乗った列車は、軟臥と呼ばれる寝台車、でも13時に乗車し19時ころ下車しているので寝台は使わない。
 中国で汽車というと自動車のことを指します。じゃ、蒸気機関車はというと、火車と言います。また軟臥は4人用のコンパートメント(個室形式)になっていて、窓際の足元に必ず、ポットが置いてあります。いつでもお茶をどうぞ!という感じです。中国では食堂ではお茶は出ません。お茶葉を持参して、またお茶用のポットも持参しています。店にはお湯が用意されています。これで自分用のお茶を作り飲むのが習慣らしいんです。駅、飛行場、食堂いたる所にお湯が用意されていました。ですから、列車や飛行機の待ち時間などにはカップラーメンがすぐ食べられます。
 列車からの風景は、日本にいるような錯覚を覚えるほど違和感がなく、地形から植物までよく似ていました。緯度的には台湾と同緯度ですから亜熱帯にあたります。綿畑も見えました。雑草のセイダカアワダチソウがぽつろぽつり見えました。
 張家界駅に着いたとき面白い物を見ました。ポータが数十人列車の到着をまっていました。各人、天秤棒を1本持っています。ここに降りる人の多くが大きな旅行バッグをもっていることがわかっています。このバッグを駅のバスプールのところまで運んでくれるのです。上り下りの階段がありますが、エレベータは勿論ありません。私らはガイドも含めて1人ですから10個以上のバッグがあります。一人のポータにガイド声をかけました。40〜50歳くらいのおばちゃんです。おばちゃんは、2人の若い男のポータを呼んできて3人のポータになりました。天秤棒の片方にバッゲージを2つ横に並べロープで釣ります。もう一方の端にさらに2つのバッゲージを横に並べて釣ります。1人が4つのバッゲージを担ぎます。その荷物を肩に担ぎ階段をひょいひょいと軽やかに運びます。3人で10人分の荷物を軽々と運びました。料金を払うと、親方格のおばちゃんは、呼んできた2人のポータにわけまいを配っていました。どうやら、最初に声をかけられた人が親方になりグループで動いているようでした。なかなかよいシステムのようでした。おばちゃんも慣れた手順で次から次へと若いポータに指示を出していました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧