今日は(2/24)は一般オープンジュニア合同の日。ジュニアクラス、オープンクラス、などみやぎダンスのいくつかのクラスに参加する人たち全員が集まる合同ワークショップの日でした。午後からは、参加している成人と、子とその親を含めての、公演の反省会です。
見てくれた人の感想は、2分されていたようだった。すごくきれいで感動したグループとよくわからないグループにだ。感動グループは面白くてきれいだ、今までの公演と全く違うはっと思わせる空間づくり、光り玉の使い方がきれいで幻想的だったなどなど。一方、団塊の世代あたりの人は、ストーリーがよくわからない、意味が不可解、数回見ているけど段々分からなくなってきている、等々演劇としての明確な言葉とストーリー性を期待していた人たちの反応だった。
お金をとってみせる以上、ハッとする驚き、光の美しさやはかなさ、即興性の可笑しさや面白さ、意味もわからぬ感動、涙、いろんなものを提供しなければいけない。学芸会では人はお金を払ってはくれない。福祉的意味の濃い出し物でも同じだ。多分ここまでくると嗜好品と同じかもしれない。ある人は感動するけど、別の人は何でこんなもの人前でみせるなよ、この位の異なる反応が出てくるものなのかなと。
反省会の中で、ある人がこんなことを言っていた。舞台って美術館なんだよ。美術館って展示物全てに、全ての人が感動しに来るんじゃないのよ。ある人はAに感動するけど、他の人はBに感動する。それ以外にCnidake感動する人もいる。それでも美術館にはたくさんの人が感動を求めてやって来るんだよ。今回は作品が3つもあって、雰囲気も、音楽も、光も、演出も違っていて、どれかに感動してもらえればよかったんじゃないかって。
即興性の面白さがいっぱい出ていた公演だったとの声をたくさん聞いた。ビデオカメラを持つダウンのT君、その映像が暗い空間に天井から垂れ下がった短冊に映し出される。過去の練習のときの映像と重なったり、音声も入る。彼ともう一人のダンサーが絡み合う、カメラの前に顔を出したり、手を出して遮ったりる。それを邪魔されないようにカメラを方向を変える、後づざりする、逃げる、もう一人は追いかける、追いついて腕を引っ張る、そんなシーンがある。これは全く即興で、4回公演したが4つとも内容は違う。こんな即興パフォーマンスが何箇所もでてくる。可笑しさがこみ上げるときもある。
実は、この即興性が、これこそが、みやぎダンスの売りだと思っています。岩下徹さんとの話し合いでもよく出てきます。この即興性の面白さは、健常者だけだとなかなかでないんだよねって。障がい者が加わって初めて作れる作品なんだよねって。健常者は、特に大人は動く前に頭で考えてしまい、動きがおそくなったりタイミングがずれたりするけど、障がい者は躊躇することなく反応してしまう。これを売り物にしていくべきだと言われています。健常者には出せない芸術性だと。でも、私たち障がい児、障がい者の親はあんまり納得できていないんですけどね。
今回はいろんな作家や演出家に見てもらっているので、その辺の生の意見が聞けるんではないかと思っています。3月16日にインクルーシブ・アートの日と言うのを企画しています。仙台市青年文化センターでシンポジウムを開きます。第一部はテーマ「徹底検証みやぎダンスはアート作品を創造しているか」、第二部はテーマ「エイブルアート・オンステージから見る、インクルーシブアートの可能性」。
と言うわけで、今回は反省会を踏まえて、次回イベント「インクルーシブアートの日」に向けた作戦会議も一緒でした。
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