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2006.10.30

インクルーシブで考えてみて

  このごろ、やたらに多いもの、小中学生の自殺、親の子殺し、公務員(役人)の不正。

【小中学生の自殺】
 その報道のほとんどが「いじめ」という観点からの報道である。もっと別な面の事実はないのだろうかと疑問に思うのは私だけだろか。新聞も放送も、事実というよりは、読者が欲する記事の作り方に重点をおいてセンセーショナルにしている感が否めない。私は事件の現場にいた訳ではないので、嘘かまことか判断できないのだけれど。いじめはあったのだろう、でもいじめだけが先行すると対策が見えてこない。何年も「いじめ」があったにも関わらず表面化するのを押さえただけで「いじめ」はなくなったと勘違いしてしまう。年金受給者の数をごまかし、制度はうまく動いていることをカモフラージュするのと根は同じかもしれない。

【親の子殺し】
 また逆に、子の親殺しもある。肉親とは、無条件・無制限の愛で結ばれた関係なのにと思う。親子(肉親)ではない人と人との間の「愛」には一般的に少なからず条件や制限が含まれる。特に最近は愛することではなく、一方的に愛されることのみを求めることが多いような風潮を感じている。大事なのは愛されることで、愛することはないというのだろうか。この感情が親子の間にもでてきてしまっているのだろうか。自分と合わない、自分の意に添わない、そんなことだけで相手を拒んでしまう、排斥してしまう。さては、命を奪ってまでも自己の意思を通そうとする。

【公務員の不正】
 グリーピアの無駄遣い、県庁内のみなし出張旅費、防衛庁、厚生省、そしてスポーツまで金まみれの有様である。福島県知事の県民裏切りもあった。あまりにあり過ぎて書ききれないほどだ。
 
【インクルーシブ】
 自殺した子とそれを取り巻く人々(同級生、先生、教育委員会)の間には、「同じ考えの多数者」対「その多数者にとっての異質な考え方少数者」の2極があったのではないだろうか。多数者が少数者を排斥する、壁をつくる、そんな形があったように思える。
  ・相手が傷つくとは思わなかった。
  ・自分がやっていることがいじめとは考えなかった。
自分と違った考え方や物事の進め方の人を認めずく排除してしまう。バリヤーを形成してしまう。肉親を殺してしまうことも、同じような原因が見えてしまう気がする。公務員の不正行為でも実は、同属意識、仲間意識がバリヤーをつくり、その中では許されてしまう不正がはびこったような気がする。
 障害者と健常者の間に横たわる壁によく似ている気がする。インクルーシブとは、多数だろうが少数だろうが、別の生き方、考え方を認め合うことだと思う。一緒にいる(棲む)ことだと思う。多様性を認め合うことが社会の成熟だとも思う。そう考えると、インクルーシブとは、障害者と健常者との間にあるだけ必要なのではなく、健常者の中にも必要だし、よくよく考えると障害者の中にも必要だと思う。インクルーシブとはそういったすさんだ世界の救世主なのかもしれない。

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2006.10.20

インクルーシブを考えてみる

 みやぎダンスの活動は、ダンスパフォーマンスで表現することですが、その中でも最も大事なことはインクルーシブであるということです。このインクルーシブを考えてみた。

【バリア・フリー】
 いろんな意味での障壁(バリヤー)を取り除き、ひとを開放するという意味がこめられた言葉・概念だと思います。道路のちょっとした段差や傾きがあると車椅子に乗ったひとの行く手を簡単に塞ぎます。障害者とは同じクラスにいたくない、とか、動作が変だから一緒遊べない、とか、親がその子とは遊ぶなと言うなど、世の中にはたくさん障壁があります。これらの壁をひとつひとつ取り除きましょう、これがバリヤ・フリーです。

【ユニバーサル・デザイン】
 障壁を取り除くのではなく、最初から壁を作らないようにしましょう、という言葉・概念ですね。多数者のためだけの構造物(人間が作り上げた社会も構造物と言えます)から、多数者も少数者も誰にでも使いやすい構造物を最初から作る(デザインする)、これがユニバーサル・デザインです。

【インクルーシブ】
 大人も子供もお年よりも楽しめる、男も女も一緒に行動できる、健常者も障害者も同様に芸術を表現ができる、別々に分けることなんて意味がないということを表した言葉・概念です。少数者だからといって、社会から弾き出されず、多数者をともに生活できる、生きられる。これがインクルーシブです、とても大事なことです。
 バリア・フリーやユニバーサル・デザインとは一部オーバーラップもしますが、重なり合わない部分も持つ別の概念だと思います。こころの在り様までも含んだものでしょう。

 健常者と障害者の間の壁ばかり気にしていましたが、よく見ると、健常者の中にも恐ろしい壁があることがわかります。最近、頻発している小中学生の自殺、毎日のように報道が繰り返されています。多くは【いじめ】が原因のようです。このいじめというのは、言ってみれば、健常者と障害者との差別以上にひどいのかもしれないと思うようになりました。仲間はずれ、づまはじき、しかと、嫌がらせ、一方的暴力...。これが子供同士だけではないのですね。こともあろうか、先生と児童の間にもおきていたなんて。
 バリア・フリー、ユニバーサル・デザイン、インクルーシブ、これらが欲しいのは、障害者だけはなく、健常者もなのだと思い知らされてきました。

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2006.10.13

ハーブ茶

Miyagetb中国茶ではないのだが、新婚旅行のおみやげを頂いた。ハワイからのハーブティーである。珍しく箱が竹でできている。このなかに、ルイボスー、カモミール、ミントなど5種類くらい入っている。Miyaget

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2006.10.04

風邪と茶と眞鍋ブログと

 きょうは風邪気味だった。朝1、2回くしゃみをした。会社に出てからも午前中4,5回くしゃみに出た。風邪にやられかなと思いながらも仕事を続けた。午後は、10月26日に予定しているGISセミナーの後援依頼と参加要請書を持参して、国土地理院東北測量部、県の情報政策課、市の都市計画課の属長さんに会いに行った。帰社してから風邪は悪くなったみたいである。
 例によって、こんな時は、人参烏龍茶を飲むことにしている。風邪の引きはじめなら効くのだ私の場合。90度以上の熱湯でで淹れて4,5杯k飲んだ。体が火照ってくるような感じがする。鼻も止まった。漢方薬も少し飲んだ。だいぶ落ち着いてきた。
 ココログをやっている者なら普通、「眞鍋かをりのココだけの話」を必ず見るのがあたりまえなのかも知れない。だが、私は今まで見たことはなかった。ちょっと見に行ってみた。さすが、トラックバックはたくさんあった。10月2日のブログには今時点で401個のトラックバックがついていた。その記事の前には1000個以上付いていた。コメントはつけられないようであった。コメントなんぞ付けたら回答するので大変だろう、だから付けられないようになっているのだろうと思う。トラックバックをこんなにつけられてみたいものである。
 という訳で、トラックバックをつけてみることにした。

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