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2007.09.27

友の1周忌

 9月22日は、乳がんと戦いながらも、昨年去った友(ブログ名はピコモ)の1周期でした。納骨もしました。

 みやぎダンスにはお手伝いで参加し、障がい児からも健常者からもオヤッピー、オヤッピーと呼ばれていて、みんなに慕われ、いつの間にか舞台の上で踊るようになっていました。ダンサーとなって、ロンドン公演にも参加しました。渡航するのは一大決心でした。というのも乳がんが再発して、そろそろガンマー治療が始まっていましたから。それでもロンドンには行きたいと言う決意を固め(ほんの数人にだけ知られていただけで)ましたが、殆ど人はそこまで悪いとは思ってもいませんでした。

 ロンドン公演は6月17日ですから、それから5ヶ月で逝ってしまいました。ブログでは乳がんと闘っています、その姿を見てください、全国の乳がんで闘っている人へ応援メッセージ綴るブログでした。今でも、閉鎖されていません。もう新たな記事を書く人はいませんが、コメントだけが延々と続いています。

 逝ってしまってから家族の人はブログを書いている事を知ったようです。2005年5月21日からのブログを印刷してご両親に差し上げました。乳がんと診断された日からのブログです。涙ながらに読んだことでしょう。ご両親には決して見せる事のない、くじけそうな気持ちや、口は多分出さなかったと思われるご両親への思い、怒り、感謝、さまざまなものが綴られていました。

 もう1年にもなるのかと月日の流れる速さに驚いています。年をとってからのガンは進行速度が遅いけど、若いうちは進行速度がとても速いことを思い知らされました。みやぎダンスが公演を始めたとき(2003年8月)から関わっていてくれた人です。いつも人前には自分からは出る事もなく、写真をみても殆ど舞台の正面で前に出ている事がないひとでした。

P4210007_2  彼女のブログに載っている写真で私が一番印象に残っているのは、ヒメオドリコソウ(姫踊り子草)です。春先、仙台近辺ではどこにでも見られる雑草です。そのヒメオドリコソウが石垣の石と石の間のわずかな隙間から立派に茎をのばし、小さなピンクの花がポツポツと咲いている姿は、彼女はとてもかわいいと表現していました。オオイヌノフグリやツクシよりも前に花を咲かせます。まさに彼女は姫踊り子でした。

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2007.09.06

大介、足を挫く

大介が足首をくじいたらしい。両足で立ち上がれなくなった。ダンスも1回休むことになった。右足の甲の右脇が腫れていて、触ると痛いと顔をしかめる。大介の部屋は2階なので、階段が大変だ。殆どはいはいの形で上り下りをしている。1階で過ごせばいいのにと思っても、自分は部屋は2階だと思っている。プラレールやらビデオやらWiiなんかが2階でするようになっているから2階からは離れまい。

2階は仙台市内であちこちでおこなわれる花火が半分くらいは見える。みのじさん宅からの眺望はに負けますがね。大介は花火大好き人間なので、2階から花火を見るのは大介の夏恒例の大イベントだ。大曲の花火大会は3年ほど連続して見に行ったので、また行こうまた行こうと毎年時期が来るとせがむ。最近はNHKのハイビジョンなどにしてもらっているが、やはり生の花火が見たいようである。

確かに、大曲の花火大会をみたら、これに匹敵する花火大会は日本にはないかもしれないと思う。そもそも大曲の花火大会は、見せる相手は、全国の花火大会イベント関係者である。花火師が自分の技を競う大会だ。ここで成功すると、その後、日本各地の花火大会からお呼びがかかることになる。というわけで、大きな花火が惜しみなく上げられる。圧巻は大会提供花火だ、連続100連発がすごい。これをみたらまた見に行きたくなる。

ところが、親にとっては大変なのだ。トイレの長蛇の列は当たり前、携帯電話は通じない(75万人も集まるので圏内アンテナが立つ暇がない)、21時30分に大会は終了するが、自動車、バスが大曲市内(今は大仙市)から一斉に出て行くわけだから、町を出て行くには夜2時過ぎないとまともには動きださない。バスで寝て早朝6時ころ仙台に着くバスだが、バスのリクライニングでは、体痛いし、眠いし、到着するとその日1日は使い物にならない。で、我が家では親の体力に限界が来て最近は行かなくなってしまった。

そう、ここでも、親の都合で、子供が制約されてしまうことになる。障害者自身の都合より親の都合で、こんなことおきてしまう。しきりに反省。

実は9月7日にデズニーランド行きを母親と大介が予約していた。だけど足の怪我でキャンセルしてしまった。台風でどうだったかは定かではないが。大介は母親が購入してきたガイドブックを独り占めして2週間も前から楽しみにしていた。今でも2階の自分のベッドにはその本が置いてある。

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2007.09.05

エルパーク仙台 存続!

エルパーク仙台が存続することになった。男女共同参画社会を実現するためにそのシンボル的な建物がエルパークです。

仙台市にはもうひとつエル・ソーラという建物もある。機能は違うのですが、市長は2つをひとつに統合しようとエル・パーク仙台を廃止しようとしました。

ところが、200人の容量をもつステージがエル・パークにはあります。これがなくなるということは仙台の演劇人にとってはじつは死活問題でした。みやぎダンスも年に1度は公演などに利用しています。これがなくなろうとしたわけです。

歴史的は20年間になります。全国でも男女共同参画事業のモデルとして動き始めた極めて象徴的な組織・建物です。

反対、署名活動がみのり、存続することになりました。大変うれしいことです。また、市長は市民の嫌われ者になったような気がします。梅原イズムとか言って、独自色一生懸命出そうとしていることは分かりますが、いろんなことがあまりに拙速すぎます。じっくり考えてから施策をだしたらいかがでしょう。

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2007.09.04

メールって以外に難しい

以前にも書いたことですが、連絡体制をきちんと構築するのは大変難しいです。IT技術が世の中を便利にしてきているのは確かなんですが、結構そこには落とし穴があります。NPOなりが組織として活動していくには、基本はやはり連絡体制なんです。

メールの欠点は、相手が受け取ったかどうかが送信者には分からない点です。それを確実にする方法は、必ずひとこと「見たよ」だけどいいから返信することです。でも意外と守られていない。お知らせには返信しなくていいと考える人がいれば、どの内容ならお知らせなのか個人個人基準が違ったりしている。

逆にメールには確実に返事することが習慣づいているひともいる。こんな人同士ががメールをやり取りすると、終わりがない。自分のほうからメール終わらせたようになって欲しくないと思うのです。だから延々とメールが続く。こんな経験が私もありました。

最近メールは携帯電話でという人が増えてきた。パソコンでメールを使い慣れた人からすると、携帯電話のメールは変である。自分が誰だかを名乗らない。で、パソコンでこういうメールを受け取ると、怪しいメールだな、いやに親しい感じだし、やばいからこれは即消してしまおうと。携帯電話では、アドレス帳に登録してからメールすることが多く、メールアドレスから名前が表示されるので携帯電話でメールを受け取ることに困ることはない。それも通常使わない携帯電話のメールアドレスからなので、受け取ったほうでは誰か分からない。携帯電話でも自分を名乗る習慣が必要だ。

もうひとつ、携帯電話で困ること、長い文章は受け取れませんというひと。料金の安い契約でいるとショートメッセージしか扱えないことがある。連絡を受け取るには、基本はパソコンのメールアドレスにすべきだと思っている。どうしても携帯電話で受け取りたいなら、ロングメーセージに契約変更するか、必要ならパソコンからそのメールを携帯電話に転送すればよいわけだ。特に組織だと一斉メール(多人数に同じ文章を同時にメールすること)が多い。このなかに一つくらい携帯電話メールのアドレスがあると、サイズが大きすぎてエラーが戻ってくることがある。全員に遅れなかったのか、一人の人にだけ送れなかったのか不安になる。再送したりすると、同じ人に2度送信することにもなる。だから、失礼だが、携帯電話のメールで連絡を受け取りたい場合は、自分側を変えることをお考えいただきたいものだ。

メールで届かないとすると、FAXだ。FAXでも実は問題が多い。実はうちのFAX調子悪いのよというひと。FAX番号を連絡先に指定しながら、うけとれないのだから始末が悪い。またFAXが用紙切れもままになってたり、インクリボンが切れていたりする。夜はうるさいからFAXしないでというひともいる。NPOなどだと昼間にFAX送信できる人は意外と少ない。本業が終わった後などが多いからだ。

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